FC2ブログ

大会自由論題発表要旨(橋本学)

南京国民政府下「高等教育問題」の構造的考察―「國立北平大學」小史の検証を軸に―

《本研究(報告)の位置と目的》
1)これまでの研究経緯~中国近代高等教育史研究への着手と展開~

報告者の中国教育史との出会いは、卒論で明代史家呉晗(1909-1969)の“歴史主義”に基づく歴史人物論を取り上げたことに遡る。『朱元璋伝』『海瑞罷官』等の著作・戯曲や『三家村.記』で知られる呉晗は、 1934年、國立清華大學を卒業後、同校で助教となり、日中戦争下は省立雲南大學(1938年~国立化)、國立西南聯合大學で教授を歴任、国共内戦期には國立清華大學教授(1949年~同校文学院院長、歴史系主任)に就任するなど、彼の“大学人”時代は実に南京国民政権下(1927~49年)とともにあった。従って、報告者の呉晗研究は自ずと大学への探求を伴うことにもなる。

呉晗の日中戦争下における活動(中国民主同盟関連を含む)に触発された報告者はその後、修論でいわゆる「抗日文化運動」における知識人の活動に焦点を据えはしたが、教育問題や大学を矛先とする研究に向かうのは10年後、広島大学大学教育センターに助手として着任して以後である。

与えられた任務、すなわち、わが国の「大学設置基準の大綱化」(1991年)後における大学改革に関する調査・分析での手法を手懸かりに、①日中戦争下の中国高等教育機関の動向、②南京国民政府による高等教育政策の展開、③清末民初における近代的高等教育システムの整備、と、順次、研究を進めることとなる。“難物”=「國立北平大學」と邂逅するのもその過程においてである。

2)「國立北平大學」像復元という難渋~断片的記事を求め史実の空白を埋める“彷徨の日々”~

修論で「抗日文化運動」に従事した各知識人についてイメージ化する中で、いわゆる日中戦争期に存在した大学群に当面することになるが、そもそも中国高等教育史と埒外の領域にいた報告者が実感したのは、当時における高等教育機関の全体像を明確化することの必要であった。種々の辞書を始めとする工具類や校史・史料群の収集を通して、少なからざる機関のルーツを含むイメージが明らかとなる一方、断片的記事のみで校史が存在するか否かも確認できぬ機関を前にして報告者のジレンマも必然的に募った。その一つが他ならぬ「國立北平大學」である。

今日においてこそ“中国近代高等教育史上、この「國立北平大學」ほど政治に翻弄され、迷走を続けた大学”は他に例を見ない”と断言できるが、日中戦争下における高等教育機関の動向を調べ始めた当初は、戦時下にあって内陸部へ移転し、他の機関と連立・合併を進める「國立北平大學」が一体如何なるルーツや背景を持つ機関かを示せず、知り得た事実を書き連ねる以外にない苦痛に満たされた。しかし、今にして想えば、それは「國立北平大學」が他の研究者にとっても不明点の多い“避けて通りたい”機関であったということである。事実、同校についてはインターネット上に“頁”〈北平大学百度百科〉は存在するものの、未だに纏まった研究著作の刊行は認められない。

3)本研究(報告)の意図~南京国民政権下「高等教育問題」の普遍性と特異性とを検証する試み~

ともあれ、報告者は、南京国民政府が一連の高等教育政策の展開を通じて整備した高等教育法制及びシステム、國際聯盟教育考察団による現状分析(報告書『改進全國敎育案』)、教育部の各機関に向けた指導工作(『教育部改進専科以上学校訓令彙編』)等を通じ、南京国民政権下の「高等教育問題」について全体像の把握に努めてきた。本会紀要『アジア教育史研究』第22号、第
23号に掲載の「南京国民政府治下における高等教育問題の動態―一九三〇年代前半の教育部による大学評価を踏まえて―」(上・下)は上記『教育部改進専科以上学校訓令彙編』より国立大学(大學・學院:專科學校を除く)への指導内容を抽出・整理したもので、成果の一端だが、作業はなお途上にある。

しかしながら、当該「問題」の本質的把握を試みるためには「問題」の構造化が必要で、例えば全体像(傾向性)だけでなく各機関の個別的問題にも目を向けねばならないが、決して容易でない。

そこで、本研究ではその初歩的試みとして、政治に翻弄され続けたと言ってよい「國立北平大學」、すなわち1928年、政府(李煜瀛派)主導の下に「國立」機関として創設されながら、日中全面戦争(1937~45年)を背景に、1937年秋に事実上解体された「國立北平大學」の“足かけ10年間”を検証することで、南京国民政権下「高等教育問題」の構造的特徴化を試みようとするものである。

※なお、本研究は去る2016年2月27日(土)、本会2015年度第3回定例研究会〔中部大学名古屋キャンパス5階500教室〕で報告を予定しつつ資料の配付のみに終わった「南京国民政府下の高等教育政策に関する一断面―「國立北平大學」興亡小史の検証―」を内容的に発展させたものである旨を断っておく。
スポンサーサイト



プロフィール

アジア教育史学会

Author:アジア教育史学会
アジア教育史学会の公式サイトです。本会の案内、定例研究会や大会の情報、学会誌『アジア教育史研究』、その他関連情報についてお知らせいたします。

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR