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大会自由論題発表要旨(楊奕)

中国近代教育過程における「美育救国」に関する実証的研究 ―1910年代から1920年代までの蔡元培の教育実践を中心に―

中国近代教育史上、「教育救国」という理念を掲げ、さらに美育(美による教育)を中華民国の教育方針に取り入れ、美育をもって近代国家を作ろうという「美育救国」のスローガンを唱えたのが民国初代の教育総長蔡元培であった。蔡元培は美育の提唱者そして実践者として、中国近代美育思想において「主導的な役割」を果たしたと位置付けられている。

美は抽象的な概念であり、この抽象的な美による近代国家像をいかに民衆に受け入れられ、そして社会までに浸透させていくのかが当時の課題であった。本論文では、蔡元培が北京大学総長を務めた1910年代から20年代までの時期において、彼の美育思想がいかなる形で継承され、そして実践の中で展開されていったのかを、彼が密接に携わっていた二つの美育団体―畫法研究会と音楽研究会の活動に焦点をあてて、北京大学で発行した全校向けの新聞誌『北京大学日刊』を中心に、当時の美育運動の実態を明らかにする。

1917年に北京大学総長に就任した蔡元培は、大学のあらゆる情報を教員、学生と職員に公開し、三者の交流をより密接に図るための新聞紙『北京大学日刊』を発行させた。『日刊』は1917年11月から1932年9月まで発行された。北京大学の教師や学生は、国の法令、大学の連絡事項から学習、生活にかかわる情報まで、この新聞紙を通して把握していた。そのため、『日刊』は大学のあらゆる動きを知る重要な情報紙として、教師と学生によく読まれていた。

1918年から1923年まで、美育に関する論説、翻訳、講演が『日刊』に数多く掲載され、中には翻訳の連載も多く見られた。それは美育に対する人々の理解や認識を促しただけではなく、近代美術や音楽研究の新しい方法を紹介することによって、近代美育に対して啓蒙的な役割を果たした。

1917年、蔡元培は畫法研究会を設立した。畫法研究会は著名な芸術家と留学経験を持つ芸術家を教師として迎え、中国美術と西洋美術に関する理論と実践の教育を行った。また、『日刊』には、中国の近代美術の発展に関する芸術家たちの論説や講演も多く掲載され、人々の美術に対する新しい視点を示したのである。

音楽研究会も1919に蔡元培によって発足された。当時の人々の西洋音楽に対する関心を喚起させるため、1922年から27年までの間、研究会は23回のコンサートを開催し、西洋音楽の普及に力を注いだ。

蔡元培の呼びかけで設立された畫法研究会と音楽研究会は、近代美育に対する人々の関心と理解を促したと同時に、両研究会の積極的な活動は、美育の全国への普及をも促進したのである。
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