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大会自由論題発表要旨(向野康江)

最初の中国人「留学生」 ―日清戦争通訳官向野堅一による姜恒甲少年の渡日・就学支援をめぐって―

中国から日本に来て、日本の学校に入学した最初の人物は誰か。向野堅一は、日清貿易研究所卒業後、日清戦争に巻き込まれ、通訳官として召集され、軍事探偵として密命を受け、九死に一生を得る。極限の調査旅行における一時の安らぎ。それが姜恒甲の祖父姜士采、父姜徳純、そして姜恒甲少年との出会いであった。向野堅一は、この出会いを切っ掛けとして姜恒甲を養子として日本の学校で学ばせることとなる。なお「養子」として渡日するのであるから形式上は留学とはいわないかもしれない。しかし彼の足跡を見ると、実際上の留学と見做して良い事例と考える。つまり一八九五年六月に渡日したこの「十二・三才」の少年こそ、最初の中国人「留学生」ではないだろうか。このやや特殊な出来事には、後に来る留日ブームを考える上で重要な示唆を含むと考えられる。向野堅一『日清戦争従軍日誌』や書翰等に拠りつつ、検討を加えたい。「養子」「留学生」をめぐる解釈など、参加者の皆様の見解も伺いながら、議論を深めることができればと考えている。
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